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サッカー日本代表応援団 結果よりも感動を求めて!

日本選手が海外で活躍してくれると涙うるうるしてしまうのは私だけ^^ 世界のトップクラブチームにも日本選手にオファーがくるようになった今、お得意の組織力も加えてワールドカップ制覇も

 

カテゴリー:本田圭佑

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本田圭佑 ネガティブワードは似合わないよ [本田圭佑]

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セリエAイタリアリーグ戦

1月からの苦しい戦いについて話した本田圭佑
インタビューに応じた彼が話す言葉はネガティブワードが多いです。

「普通なら6点くらいはとっていないところ1点しかとれなかった」
「イタリアメディアからはもっと叩かれると思っていた」
「こんな結果しかだせないのならサッカー辞めた方がいい」
「ワールドカップの目標は何度も話してきたので...」

などなど
メンタル面でかなり不安を感じている言葉なかりでてきます。

早く帰国してメンタルトレーニングを受けてもとのポジティブな本田圭佑に戻って欲しいと願うばかりです。



本田圭佑の「あるべき姿・目標とする姿」への挑戦根性は凄いのは日本人であればかなりの方が認めるはず。
例えばコンフェデカップ出場前の記者会見とかでは「優勝する」と話していました。

時に、本田の発言は常識を逸脱する発言とも受け取れます。


僕は本田圭佑の高い目標を人に話すスタンスは好きです。
ただ、高い目標を達成するための道筋が見えないので無謀発言にきこえるんです ^^

これからの本田圭佑には、目標達成までの道筋がファン・メディアの方々にもイメージできるような言動を望みます。
ある程度根拠のある発言であれば、辛口のイタリアファン・メディアも多少は落ち着いてくれるでしょう。

自分を厳しい環境に置くのは自分を鍛えるためにいいとは思いますが、メンタル面が壊れたら仕事ができませんからね。


自分のやりたいサッカーをするために、環境も整えていって下さい!





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本田圭佑物語 その8 CSKAモスクワへ移籍 [本田圭佑]

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1分リーグにあがったVVVフェンローで本田圭佑はチームリーダーとなっていました。
2009年-2010年シーズン開幕から2試合続けてゴールを決めます。

オランダリーグにきて本田があきらかに変わったのはゴールを狙う意識です。
これについては本人もはっきりと言います。

「トップ下の役割は良いパスをだして、ゴールを演出することが仕事だと思っていた」
と思って試合をしていたので、絶対的に必要なシュート数も少なかったんです。

しかし、実際には得点を決めた選手が一番評価されます。
それに気づいたのは同僚のカラブロ選手が得点を入れ評価されていることに、自分との差を考えたためです。

カラブロは足も自分より遅く、技術もそんなに高くない

自分がまけているのは
「絶対にゴールを決めてやる。どんな形でもシュートを決める」
という意識の違いでした。


パスを出すだけではダメだ
パスも出せてゴールも決められないと試合では勝てない

意識を変えてすぐに結果を出すのが凄いですね ^^


VVVフェンローでの最終年、本田の試合にはオランダ一部リーグ、ブンデスリーグ、プレミアリーグ、CSKAモスクワのスカウトが試合観戦にきていました。
そう
次のステージが待っていたのです。

本田はあたり負けしない体づくりの必要性を感じていました。
「ロシアリーグはあたりが強い。そこで学べることがあるはず。」
とロシアの競合CSKAモスクワへの移籍を考えます。
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本田圭佑物語 その7 オランダVVVフォンローで優勝 [本田圭佑]

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2008年1月、本田圭佑はオランダリーグにデビューします。
そしてデビューから2ヶ月後にはフェイエノールト戦で初ゴールを決めます。

体の大きな欧州選手にもあたり負けしないように体の体幹も鍛え抜きました。
オランダのサッカーはドリプル突破ではなく精度の高いロングパスで一挙にチャンスを作り上げます。

かなり前になりますがトヨタカップにオランダのスーパースター「ファンバステン」「ライカールト」が来日した時のサッカーを思い出します。

ファンバステンは縦パスを受けると、フィジカルの頑丈さとボールキープ力により、得点が入りそうな予感がします。
これは相手ディフェンスも同じような間隔でありファンバステンは危険な選手として3人がマークしていました。


日本とはまったく違うサッカーに本田もかなり戸惑ったでしょうが、レギュラーとして定着していきます。

1年目からレギュラーに定着した本田圭佑ですがチームの成績は低調でVVVフォンローは2部リーグに降格します。


2部降格が決まるとチームメートは他チームから誘われるチームメートは移籍していきました。
本田も日本への帰国を考えましたが監督に慰留されてチームに残ります。

移籍しなかったのは正解でした。


翌年、本田圭佑は2部リーグでありながら別格の活躍を見せることになります。


本田はチームメートのカラブロにからかわれます
「お前のゴールはインターネットの動画でしか見たことないよ」

それまでの本田は得点にはこだわりをもっていませんでしたが、VVVフェンロー2年目はフォワードに近い動きを「しました。
この時の経験がワールドカップ南アフリカ大会でのフォワードとしての成績につながっていきます。

VVVフォンローでの2年目に本田はシーズン16得点をあげます。
そして、2009年4月24日、VVVフォンローは2部リーグで優勝します。


優勝が決まった瞬間、ファンがグラウンドになだれ込み、本田はシャツとスパイクとレガースを奪い取られました。
上半身裸で本田コールを受けた本田圭佑は優勝貢献者として十分にアピールできたでしょう。


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本田圭佑物語 その6 名古屋グランパス入団 そしてワールドユース日本代表選出 [本田圭佑]

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2005年 ワールドユース日本代表選出
ワールドユース日本代表とは20歳以下の日本代表のことです。

この代表メンバーは2008年北京オリンピック、2010年南アフリカワールドカップでの活躍メンバーとして期待されます。

代表初戦はワールドユース出場予選 対オランダ戦
本田圭佑は強い気持ちで戦い、左足から繰り出す正確なキックをアピールします。
試合には負けましたが、世界と戦える手応えを感じた一戦でした。


2007年、北京オリンピック予選メンバーとして22歳以下日本代表に本田が選ばれます。

初戦は香港代表
実力差のある相手ですが、この試合で本田は30メートルのフリーキックを直接ゴールを決めます。

最終予選結果
ベトナム戦 1対0 日本勝利
サウジアラビア戦 0対0 引き分け
カタール戦 1対0 日本勝利
ベトナム戦 4対1 日本勝利
サウジアラビア戦 0対0 引き分け 北京オリンピック予選突破!


北京オリンピック出場を決めたころから世界で戦いたいと思うようになった本田
海外に移籍したい一心で、オランダへの移籍に絞ります。

オランダに決めた理由は
・名古屋グランパスの監督フェルホーセンがオランダ出身であり、その攻撃的サッカーに惚れ込んでいたため

海外移籍を希望する選手は多くいますが、誘いもきていないのにオランダに行くとは...
本田は只者ではないですな ^^;

ただ、あの華麗なプレイでJリーグ創世記に活躍したストイコビッチが名古屋グランパスの新監督になることが決まっていたんです。
ストイコビッチといえば超テクニシャンですごい攻撃サッカーをする人です。
本田圭佑のイメージするサッカーを習うにはもってこいのストイコビッチ

少し迷ったと思いますが、本田は世界しか頭にないのでそんなに迷わずにオランダに渡ったと思われます。



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本田圭佑物語 その5 星稜高校全国高校選手権ベスト4 [本田圭佑]

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本田圭佑は特待生として星稜高校に入学します。

ちなみに同期入学者の特待生は 北海道:1名 滋賀県:2名 そして本田の4名
このときの1つ上の先輩に日本代表のフォワードがいます。


星稜1年:

入部した本田
「サッカーで名を挙げてぷろになること」が目標ですから、そのための行動を猪突猛進でおこします。

サッカーの練習や試合では先輩との上下関係もないと考えていますので、どんどん指示をだします。
そして2、3人に囲まれてもフィジカルの強さで突破します。
正確な左足から繰り出すパスやシュートは1年生の中でも突出していました。

もっとうまくなるために、ひたすら練習をする本田圭佑
技術・体力ともの全日本レベルに達し、チームメートにもプロ入りする選手が多くいた星稜高校は
全日本ユース選手権で準優勝します。


そして目標としていた全国高校選手権に優勝候補として出場

ところが初戦の高知高校戦であっけなく敗れてしまいます。


星稜2年:
2年になり、練習では仲間にどんどん厳しいことを言います。
その言葉はサッカーに限ってのことなんですが、相手も人間ですから頭にきます。

まだ心は高校生ですからね

うるさく言われると反発もするでしょう。

組織での戦いであるサッカーではお互いの気持が通じていないといけません。
人って言うのは、「ああしろ、こうしろ」と言われても、その通りに行動する人はあかなかいません。

本田はチームの中で孤立していきます。

そして迎えた全国高校選手権、星稜は前評判が高く順調に3回線に進みました。
しかし本田圭佑はこの大会で累積2枚のイエローカードを受け3回線に出場できません。

3回線の相手は初芝橋本高校
PKの末、敗退してしまいます。

普段口うるさく言っている本田自身が警告で試合に出場できないという失態をしてしまったのですから、仲間も面白くないですよね。


そんなこんなでチーム仲が悪いと、それが勝ち負けにも影響することに気づいた本田圭佑。
チームメートとコミュニケーションをとるようになります。

単純ですな 本田圭佑は ^^;


星稜3年:
チームキャプテンに指名されます。

それまでの本田圭佑は
「そのプレーじゃダメだ こうしろ」といっていましたが、
「そういったプレーもいいが、こうした方がもっといいぞ」
と相手に共感して指示をだすように言葉を変えました。

性格的にユニークな面もある本田ですから、アドバイス的に指示を出すようになるとチームメートから信用されるようになります。

本田圭佑の個人の力とチームの団結力が強くなったことで星稜高校は強くなっていきます。

そして目標の全国高校選手権
準決勝まで勝ち進み、市立府船橋高校に2対2
PK戦で敗れます。

日本一にはなれませんでしたが、プロになるためのアピールは十分できた3年間でした。

本田圭佑は3年のときに名古屋グランパスの練習に特別指定選手として参加していました。
公式戦にも出場しています。


高校卒業時に日本のプロ数球団からスカウトされますが、素質を高く評価されていた名古屋グランパスを選びます。


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本田圭佑物語 その4 星稜高校に進学 [本田圭佑]

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本田圭佑はJリーグに入団するために自分にベストな進学先を考えました。

中学時代に試合に出られないという苦い経験をしているため、試合に出られる進学先を選定
高校選手権常連出場している強豪校の中で星稜高校を選びます。


とはいえ
サッカー競合チームでは入部テストがあります。
入部希望者が多いんでしょうね ^^;

本田は星稜高校のトップチームの練習試合に出場します。
そこで目立ったのが、金髪ではなくフィジカルの強さと正確なパス

試合後に監督は本田にこう聞きます
監督「星稜サッカー部で何をしたいんだ?」
本田「日本一になりたい。そして認められてプロになりたい。ここではつなぐサッカーはできますか?僕を使ってくれますか?」

いやはや、監督に質問を仕返してますな ^^;

そして星稜高校サッカーに興味があるのではなく、気持ちはJリーグに吹っ飛んでいます。
監督も返答のしようがなかったでしょうね。


監督からは入部OKの返事をもらいますが、問題が起こります。
寮費と部費、私立高校の学費
強豪校となると、遠征費がすごくかかるんです。

県外遠征となると1回で数万円

本田は父親に星稜高校にいくのにかかるお金の工面を頼みます。
そして本田は少しでも学費を抑えるために特待生制度を監督に頼みます。

思いついたらすぐ行動する本田圭佑
一流の選手は考え方がしっかりしているのも共通していますね

そして星稜高校で、自分の特徴である左足の制度の高いキック、相手を吹っ飛ばす強靭なからだをつくりあげていきます。


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本田圭佑物語 その3 ガンバ大阪ジュニアユースでは補欠 [本田圭佑]

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ガンバ大阪ジュニアユースに入団した本田圭佑

心はレギュラーとして活躍する自分の姿をイメージしていたことでしょう。
小学校時代に中学生と試合をしていましたから自信もあったでしょう。

中学1年の時は体力作りということで試合出場機会は全員ありません。
そういった暗黙のルールがあるんですが、1年でただ一人レギュラーになります。

京都出身 家永昭博

2014年5月現在、大宮アルディージャ




別格で上手かったんでしょう

本田と家永は仲がよかったんですが、二人とも強烈な負けず嫌い
牛乳の早のみ
ご飯を食べる早さ

こんなんどうでもいいですよね ^^

勉強の成績は競ってないような(^_^;)


中学2年になると家永はエースナンバー10番を任されます。
ところが本田は出番なしが続きます。


本田「どうして試合に使ってくれないんですか?」
監督「お前は上手いがクラムジーだから体力をつけないと使えないんだ」

※クラムジー:成長期によくある症状。急激に身長が伸びるのに筋力がついていけず全身のボディバランスが崩れること


本田は言われた通りに筋力トレーニングを行い、ジュニアユースの練習前に地元中学校の練習にも参加します。


それでも監督は使ってくれません。
本田は腐ったときもありましたが

監督「腐っていいことがあるんなら、そのまま腐ってろ」
と言われ


猛烈に練習をします。
3年になっても試合出場機会は無し。


辛抱の3年間を送ります。
そしてガンバ大阪ユースへの入団を目指しますが、選考から漏れる事になります。
家永はガンバ大阪ユースに入団


こうなると、全国高校サッカー選手権で活躍するしかありません。
帝京高校、国見高校、市立船橋高校

しかし、本田は3年間試合に出場していないので、とにかく出場できる高校じゃないとダメだと考えました。
まー結構単純な高校選択にも思いますが ^^

○試合に出られる
○全国高校選手権に出られる
○サッカーの内容が良い

この条件で行きたい高校を選択
それが石川県 星稜高校

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本田圭佑物語 その2 中学からガンバ大阪ジュニアユースへ入団 [本田圭佑]

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小学校高学年になると、小学生相手ではつまらなくなった本田圭佑

なんと、兄が通っている中学校の練習に参加します。


これ
普通ではありえないですよねっ
怪我をした大変ですから中学校チームの監督が許可しないはずなんですが...


ここで思い浮かぶのは
日本代表試合でフリーキックを蹴りたいために蹴る登板だった中村俊輔からボールを奪い取ろうとした姿

かなりの自己中心的行動ですけど、特に問題にはなっていないのが幸いな行動


そういった性格の本田圭佑ですから、きっと中学校サッカー部監督にも同じような目で嘆願したはずです。
目的は「サッカーを上手くなりたいため」

と健全であるのでサッカー部監督も許可したんでしょう。


中学校の練習に参加しだした本田圭佑は練習だけではもの足りなくなって試合出場を監督にお願いし始めます。

んー これには監督も参ったでしょう
試合となれば真剣勝負になりますから、怪我の可能性は高いし、対戦相手が小学生相手に負けてなるものかとラフなプレイをしかけかねません。

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多分、本田圭佑はこんなことを言ったと思います。
「監督 怪我したらそれはぼくが下手なだけです オヤジも怪我するようだったら、中学サッカーのれん酒をやめろと言われています 試合に出させて下さい」



監督は本田圭佑の目をじっとみながら頷いた!


小学生で中学サッカー部の練習と試合に出続けた本田圭佑は中学校サッカー部に入らずに「ガンバ大阪ジュニアユース」の入団テストを受け合格します。

んーー


常に行動は前向きです
恐るべし 本田圭佑


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本田圭佑物語 その1 出身地 サッカー選手としての生い立ち [本田圭佑]

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本田圭佑の出身情報

出生地:大阪府摂津市
父:本田司  兄:弘幸

1986年6月13日出生

小学生の時に両親が離婚し、父親に育てられています。

サッカーとの出会いは幼稚園のとき
Jリーグ発足時期に近かったせいか幼稚園でもサッカーが盛んになっていたそうです。

小学2年のときに地元の少年サッカーチーム「摂津FC」に入団
4年生のときに飛び級でトップチームに抜擢されます。

当時の関係者によると技術的に凄いというよりも、気持ちの強さで練習をして上手くなっていったという印象だったそうです。

こういった印象は今も同じですね。


本田圭佑は「木を見て森を見ず」という感覚ではなくて、大きな視野で将来を考えているように感じます。
その半面、結果を急ぎ失敗しているケースも多々見受けられますが ^^;


ACミランに所属している今
トップチームで活躍しエースとして認められなければならない、という強い気持ちが伝わってきます。
しかし、実力と結果が伴わっていないためACミランのファンからは叩かれています。


人というのは単純に言うと
本田選手の価値 = 本田選手の報酬額
が一致していなければ、選手に対してクレームをいうようになります。

今の本田圭佑はそのアンバランスにより叩かれているように感じます。
マスコミも売れてナンボの世界ですから世論を優先します。

今の現状を打開するためには持ち前の強い気持ちで結果を残すしかありません。
立場は極めて危うい状況ですが


ワールドカップで活躍

すればイタリアのファンが再度、本田圭佑に注目するはずです。
日本代表のワールドカップでの目標は優勝と本田圭佑は信じているはず。

それを実現すれば、本田圭佑は再度飛躍してくれると信じています!! ^^



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